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これまでの経歴

これまでの経歴孫の手ポスティングぞーさん

代表者:徳永 英二 経歴

1961年9月8日に広島県豊田郡豊島で海運業(夫婦船) の家に生まれ。

小さい頃、みかんを島から船に乗せ広島市の市場に運んでいました。その時一緒に船に乗って三時間ぐらい退屈でした(笑)、その時の唯一の楽しみは船の上からゼゴンドウ(スナメリクジラ)が船に付いて泳ぐ姿を観るのが凄く楽しみで音戸の瀬戸の赤い橋の下をくぐるともう少しで広島の市場に着くと思いました。

そしたら家族6人(僕は一番下)で広島に引っ越しました。そして比治山小学校に入学しました。

家業は果物屋を始めました。その時の一番の思い出は張本勲選手の実家が同じ町内で張本選手が実家に帰って来るとき僕の家に寄って果物を買ってました。その時親分帰って来たど言われ、初めて逢った時、その時前プロレスを県立体育館に観に行ってたのでプロレスラーよりデカイと思い、頭を撫でて貰いました(笑)

段原中学校の思い出、小学校4年生から中2迄5年間親が学校に呼ばれてました(涙)、中3になった時、高校3年生になる、親戚のお兄ちゃんにわしも3年生でちゃんと卒業するから、お前も3年で卒業しろと言われ、高校は退学が有る事に気づき、退学にならない方法を考えていたら、先輩が山陽高校ボクシング部に入った事を知り、ボクシングをしたらそこで欲求不満を解消出来ると思い付き、僕の家から自転車で遠いかったのでボクシング部の有る家から近い学校を探したら崇徳高校が有りました。ここは勉強が出来ないと入学出来ないので唯一勉強大好きのおねえちゃんがいたので夏休みに友達と遊ばす勉強を教えて貰いました。

我が家のプチ自慢(そのおねえちゃんは学校の先生になり定年迄教師でした。)それで無事高校に入学し、三年間で卒業しました。ボクシングを経験したお陰で凄く社会人生活で助けられました。そして今があります。此からはボクシングに恩返しをする人生を送ります。

追伸広島人は「旅に出たら受けた恩は3倍返してせいと」僕が博多に来る前に親父に言われました。そうせにゃあ広島人の恥じゃけいと言われました。以上